これまで、U子さんの過労死をきっかけに、看護師の労働環境が見直されてきている・・・という記事を書いてきましたが、2008年というのはつい最近のことです。すべての病院が、看護師の超過勤務をなくしたとはいいがたい状況がまだ続いています。
たとえば、ある看護師が「自分は過労死してしまうのではないか」と不安を抱き、インターネット上のある掲示板で相談を書き込んでいました。
「元々は、患者10名に対して1名の看護師という体制だったが、人手不足のため患者13名に看護師1名という状態になった。しかし、看護師の人員不足で、いまでは患者数に対し3人の看護師が不足している。夜勤は月に11日以上。残業も毎日のようにあり、あまりの状態に上司に訴えたが『いかなるときでも理想の看護を』ということで、仕事量を減らすことはできない。退職者の予定もあり、更に看護師の不足が見えているが、患者数を減らしたり、病棟を閉鎖する意向はないらしい。
他の病院でも同じだ、転職しても条件が悪くなるだけだと上司に言われ、転職をする勇気もない。しかし、いつか医療事故を起こすか、過労死してしまいそう」
これは、どう贔屓目に見ても過労死寸前だといえます。さらにたちが悪いことには、病院の、いわゆるお偉いさんが「看護師を脅し」て、超過勤務をさせているようにも読み取れます。このように劣悪な環境で働く看護師が、実際に存在するのです。
日本看護協会は、看護師の労働環境の向上に努めていますが、まだまだ現状は追いついていません。みなさんも、どうかこの現状を知って、看護師の労働環境の向上に手を貸してください。

U子さんの死が過労死だと認められるまで、長い時間がかかりました。
まず、2004年。厚生労働省は、労災認定申請を公務外だと言って、裁判所はU子さんの死は過労死ではない、という判断を下しました。もちろん、「U子さんの過労死認定 裁判を支援する会」は控訴しました。しかし、2008年。裁判所は「公務災害を認める」つまり、U子さんの死は過労死であったと認めたのです。
この裁判により、全国の看護師の労働環境が見直されつつあります。月に60時間以上の残業は、過労死に繋がると認定されたので、各病院はもちろん、それまで60時間以上残業があったとしても、それをなくしました。
しかし、それでもなお、過労死の危機に直面している看護師は、23人に1人はいると言われています。いまや空前の看護師不足が叫ばれていますが、人の命を救う代わりに自分の命を落としていては、意味がありません。過労死に直面している看護師は平均年齢が若いということもあり、今では一度看護師の職から離れた、元看護師の職場復帰が簡単になるように勉強会を設けたり、採用条件の幅を広げたり、家庭のある女性でも残業・夜勤を受け持てるように託児所を作ったりと様々な動きがあります。また、人手を増やせるように、診療報酬を引き上げを求める運動もあります。
U子さんが亡くなってしまったのは、本当に残念な出来事です。しかし、そのおかげで、その後たくさんの看護師が過労死から救われたともいえるのではないでしょうか。

U子さんの裁判は、やはり困難を極めました。その原因はいくつかありますが、まず「看護師の長時間のサービス残業や不規則な勤務、長時間の勤務が一般化されており、U子さんが特別というわけではない」ということ。次に「サービス残業をしたという資料が残されておらず、逆に労働時間が少ないという公的な資料がある」ということ。最後に「厚生労働省に守られた場所での事件である」ということ。これらが、大きな問題点でした。しかし、裏を返すと、これらの点すべてが、本来ならばあってはならないことなのです。
「U子さんの過労死認定 裁判を支援する会」は、裁判を有利に進めるために、多くの支援を求め、世論に訴えかけました。
命を救う立場であるはずの看護師が過労死するなんて、おかしいということ。過労死するほど疲れきった状態で、適切な措置が取れるのか危ぶまれる、ということ。何より、将来有望なはずの若い看護師が、まるで使い捨てのように酷使され、過労死してしまうという悲しい現実。こんなことがあってはならないと、世間に広く訴えました。同時に、看護師の労働の実態を調べるべく、全国の看護師にアンケートを実施し、U子さんのような悲劇が繰り返されてはいないかと目を光らせました。
たくさんの人が「U子さんの過労死認定 裁判を支援する会」の考えを支持し、支援しました。多くの署名を集め、裁判では傍聴人がたくさん並びました。U子さんの事件は、それほどまでに世間の関心を集めたのです。

「U子さんの過労死認定 裁判を支援する会」の目標は、決してお金や謝罪が目的ではありません。全国の、過労死の恐怖にさらされている看護師たちを救うことにありました。裁判で訴えるのは、U子さんの死が過労死であるということを認めさせることと、国の安全配慮義務違反を認めさせるということです。つまり、彼らは国を相手取って裁判をしたのです。
「U子さんの過労死認定 裁判を支援する会」が挙げた、U子さん、ひいては看護師の労働環境の深刻な問題点は複数ありました。
・労働時間の管理を推進する厚生労働省のお膝元での、膨大なサービス残業があったという事実。U子さんの勤務する病院以外でも、同様の勤務実態があるということ。
・看護師の人員不足と若年化によって起こる、看護師の過労死
看護師の人員不足については、U子さんの同僚より以下のような事実が分かっています。
「U子さんの勤めていた病棟での、看護師の平均年齢は(婦長を含めて)26歳。婦長というのは、通常ベテランの看護師がなるものなので、その婦長を含めて平均が26歳ということは、婦長以外の看護師の年齢層は20台前半~せいぜい20台中盤」
「勤務時間も長く、業務内容も肉体的・精神的に厳しい職場なので長く続く人がいない。新人教育を任されていたU子さんでさえ、3年ほどしか勤務していなかった。21人中5人と、4人に1人が新人という状態だった」
そもそも、看護師が過労死するような病院で、患者さんの安全は保障されるのでしょうか。そんなわけないですよね。このことは、看護師以外のすべての人にも関係する話だということで、いちやく注目を浴びました。

U子さんの死は過労死であると、病院側はなかなか認めません。残業報告書では、U子さんは月に16時間しか残業をしていないことになっていましたが、実際には「勤務前の引継ぎ」「シフト時間を超えた残業」「研究会の準備」「新人教育」などの業務により、高速労働時間を基準しすると、なんとU子さんが倒れる前1ヶ月間で、87時間以上の残業があったことが分かりました。更にその上、U子さんは研究会のための資料を自宅に持ち帰っていたので、それを考慮すると100時間を越える残業をしていた、ということができます(なお、これらの残業時間は、U子さんのメール送信記録などにより分かりました)
有志は、この記録を元に裁判を起こしました。目標は、看護師の労働環境の改善です。U子さんのご両親は「娘のように真面目な人間が、真面目に働いていて、なぜ死ななければならなかったのか。人の命を救うはずの看護師が、なぜ過労死するほどまで働かされているのか。このような悲しい思いをするのは、私達だけで十分です。どうか、これ以上過労死する看護師を出さないようにしてください」と訴えました。このときより、全国的にU子さんの過労死認定の裁判は注目され、看護師の超過勤務や勤労の実態が初めて取り上げられるようになりました。
なんと、裁判はここから7年以上もの月日をかけて行われました。しかし、その間看護師たちは過労死の恐怖にさらされていたのでしょうか。もちろんそうではありません。U子さんの事件は、看護師の労働環境改善に、一石を投じたのです。

U子さんの死が過労死であると認められるということは、全国の過労死に面している看護師を救うことになります。有志が集い、「U子さんの過労死認定 裁判を支援する会」が結成されました。
U子さんの担当業務は、「重症・品詞・恒例患者の多い『脳神経外科病棟』での看護業務」でした(素人のわたしでも、この業務にあたるには相当の熟練と、体力と、精神の磨り減りがあるということは容易に分かります)。
U子さんが倒れた当日の病院の状況を、日誌からうかがうことができます。
「自分で自由に動ける患者は、39名中15名。そのため、患者さんの移動や着替え、トイレ、床ずれを防ぐための体位変換(2時間おき)を頻繁に行う必要があり、他の業務にあたる看護師よりも肉体的負担が大きく、血圧の上昇を招くのも当然の状況であった」
「病棟には、自分で動けない患者さんがたくさんいて、2時間ごとに床ずれを防ぐために体位を変えなければならないのだけど、そういう患者さんがたくさんいるので、まるで勤務中はずっとそれをしている気分になる」
「先輩の看護師も、同じ業務中にぎっくり腰で倒れている」「わたしも腰を痛めたので、整体に通っている」
また、寒い時期になると患者は増えます。当時、39床は万床でした。
そんな業務に、早出・日勤・遅出・準夜・深夜の5つのシフトでの不規則なローテーションで行われていました。更にその上、頻繁に残業もあったといいます。どれだけU子さんが激務だったか、これで分かると思います。

U子さんのご両親は、U子さんの直接の死因は脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血であるが、その原因はストレスと過労であることを、世間に訴え始めました。
U子さんの死後、U子さんの部屋の整理をしていたご両親は、たくさんのことを知ります。U子さんが、翌日から有給をなんとかとって、スキー旅行を計画していたこと。仕事がつらい、しんどいけど、人の命を救う尊い仕事だから・・・と、毎日必死で、一生懸命働いていたこと。その際、少々自分の体調が悪くても、休みを取れる環境ではなかったということ。
U子さんは、まだ若いからと、自分でも自分の体を過信していたのかもしれません。しかし、それをよいことに、異常なまでの残業や、夜勤があったというのも事実ではないか。そして、それほどの過労がストレスになり、結果として、過労死を招いたのではないか。全国には、U子さんのように一生懸命働いて、その結果、過労死しそうになっている看護師がまだまだいるのではないか。U子さんのご両親は、そう考えたのです。
U子さんの死が、過労死であったと病院に認めてもらうこと。それは、全国の看護師の職場環境の改善につながります。多くの、過労死に直面しているだろう看護師を救うことになると、U子さんのご両親は信じていました。
しかし、問題は簡単ではありませんでした。結局、U子さんのご両親は「U子さんの過労死認定 裁判を支援する会」の皆さんと一緒に、長らく看護師の過労死の実態を世間に知らしめるために、戦うことになりました。

前回からの続きです。ただでさえ忙しい仕事をこなしながら、精神をすり減らしつつ年上のスタッフへの指導も行い、また病院の求めるクオリティに応えるために手を抜くこともできず、全力で仕事をする毎日・・・そんなU子さんの、ある日の勤務は遅出の11時から、19時半までの予定でした。しかし実際には入院患者さんのケアや指導により、帰宅できたのは22時前。看護師仲間でもある友人に「とりあえず帰ってきました。婦長さんたちは残っているけど、とにかく眠すぎて」という旨のメールが送られています。
そのメールの1時間半ほど後、同じ友人にU子さんが電話をかけます。「頭痛がひどくて、薬を飲んでもおさまらない。救急車を呼ぶべきか?」という内容であったといいます。その後、自分が働いている病院に救急車で搬送される途中に、U子さんは、意識を失いました。
しかし、その後一度も目を開けることなく、一言も、友人にもご両親にも残すことなく、また病院の万全の手当てにも関わらず・・・なくなってしまいました。平成13年。そのとき、U子さんは25歳。若すぎる死です。病人やけが人を癒す立場であるはずの看護師が、みずからの勤める病院で、患者として命を失ってしまったのです。
病院が判断した死因は、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血でした。25歳という若さでは、通常あり得ない死因です。
U子さんのご両親は、ストレスと過労が原因ではないかと疑いました。しかし、当然U子さんの勤務先である病院は、その因果関係を認めませんでした。

前回、若い看護師が多く残業や夜勤をこなしているという実態を書きました。このような現実の中で、ある日、悲しい出来事が起こってしまいました。
彼女の名前は、仮にUさんとしましょう。Uさんは、看護師であるお母様にあこがれて、高校を卒業後看護師の専門学校へ通い、看護師になりました。平成9年頃から循環器系の病院に勤務し、毎日いそがしく働いていました。元々忙しい職場だったのでしょう、定時で帰れることはほとんどなかったようです。また、生来のきまじめな性格から、休日や有給にまで、勉強会や学会に参加し、病院の求める高いクオリティに応えられるようにと頑張っていました。
ある時期、別の病院から異動でこられた年上の看護師の指導係に任命され(この事実も、Uさんの真面目な性格を象徴するものだと思います)、ただでさえ忙しい仕事とは別に、より肉体的にも精神的にも疲れる業務が増えました。同じ看護師であるお母様に「年上の人を指導するのは、とても疲れる」「仕事をなかなか覚えてくれないので、自分の仕事が滞ってしまう」などと、めったにこぼさない愚痴までこぼしていたそうです。
たまの休みにも、家でぐったりと眠っていることが多かったと、お母様は話します。仕事のストレスで、肉体的にも精神的にも限界に達していたのでしょう。
しかし、このときはまだ、U子さん本人も、U子さんのご両親も、まさかU子さんがこの後過労死してしまうとは思ってもなかったでしょう。なぜなら、このときはまだ、看護師の過労死は問題視されてもいなかったからです。

みなさん初めまして、こんばんは。このブログでは、白衣の天使ともいわれる看護師について書いていこうと思います。
みなさん看護師というと、どのようなイメージを持っていますか?
医療現場に勤める若い女性、ベテランの看護師さんに対する安心感、さわやかな笑顔、白衣、一生懸命働くその姿に、元気をもらった人も多いと思います。
そんな看護師さんの何割かが、過労死の危険にさらされているという事実を、みなさんは知っていましたか?
数年前、ニュースでもよく流れていたのですが、若い看護師の過労死が相次いだことがありました。日本看護協会は、過労死が続いたことを受けて、各地の病院でいわゆる「夜勤勤務」をしている看護師3000人を対象に、初めて実態調査を行いました(この、初めてというのがそもそもおかしいと思います・・・)その調査によると、平均して一月の夜勤勤務は5回以上(24時間を2交代で務める場合)あるいは8回以上(24時間を3交代で務める場合)に上りました。一週間に一度以上は、病院で泊り込みの仕事をしているという計算ですね。
また、一月の残業時間は平均で23時間以上。月60時間以上残業している、という答えも全体の4%以上に上りました。年代別に見ると、やはり体力的な問題や未婚の看護師、つまり若い、20代の看護師に多いとされています。このような残業や夜勤の多い看護師は、自身の過労死に対する不安のほか、疲れによる医療事故などを起こしてしまわないかという不安も多く抱えているようです。

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